診療所便り 令和8年1月

明けましておめでとうございます。本年も引き続き当院を御利用いただきますよう、お願い申し上げます。  
米不足や物価高、豪雨による水害など、昨年は様々なことに翻弄された感じです。薬不足も相変わらず続いています。製造が中止になったり、注文しても届かなかったりします。  
でも、散歩中に熊に襲われる心配がないだけマシかもしれません。今年が希望にあふれる年になれば良いと願っています。  


 新型コロナワクチンの総括

厚生労働省はコロナワクチンを総括した調査を公表しています。内容は形式重視で数値を羅列し、表を多数並べたもので分かりやすくはありません。また、臨床的効果や開発、手配に関しての情報が不足しており、完成度に関しては微妙な印象を受けます。ですが、ワクチンの功罪を評価する資料のひとつにはなります。   

接種にともなう副作用(副反応)に関しては、ファイザー、モデルナ社の製品(mRNAワクチン)は、かなり高い確率で発生していました。熱などは6割くらいの方に出ています。実際に接種後の痛みや倦怠感などを経験された方も多かったと思います。

遅れて発売されたノババックス社の製品(組み換え蛋白ワクチン)は副作用が少なめで、およそ半分程度の発生率でした。作り方が違うからと思われます。せっかくの蛋白ワクチンでしたが、実際に接種を受けられた方は少なかったはずです。すでに先行したワクチン接種で懲りた方が多く、接種費用の補助が打ち切られた影響も大きかったようです。 

接種に関しては混乱がありました。申し込み手続きが煩雑で、殺気だった問い合わせへの対応で当院も困惑しました。海外メーカーとは不透明な取り引きがあったようで、交渉内容が秘密のままです。輸入の遅れと最終的な大量の廃棄にも手際の悪さを感じましたが、それに対しての記載がありません。  

接種事業においては大きな予算が投じられ、各々の会社への支払い金額も記載されています。どれも大型取り引きだったようです。パンデミック発生前の支出の記載はなく、事前に国内のメーカーの体力を維持するよう、戦略的に準備していたのかは分かりません。ワクチンが費用効率的に優れているのかも気になります。輸入の費用と経済活動や医療費への効果は、どうだったのでしょうか?  

ワクチンの効果については、血液でウイルスへの抗体価を調べると、どの製品も接種で確かに抗体価を上げていたようです。でも実際には、ウイルスの株の変化などに影響されたのか、何度も感染した方が多かった印象です。実臨床への効果の検討が不十分と思います。   

mRNAワクチンだからウイルス株の変化についていけなかったのか、どんな製品でも感染予防は無理だったのかは今後の戦略のために重要な問題ですが、この統計では何とも言えません。 

次の感染症に備えて反省すべき点は多いと思います。製造元に対しては、mRNAワクチンの副作用を減らすことが望まれます。PEG以外の刺激の少ない添加剤があれば、副作用は減ると思います。そして国内でも速やかに蛋白ワクチン作る仕組みが望まれます。   

生産ラインを維持させ、一気に予算をつぎ込んで、メーカーの力を結集するための法整備も必要と思います。パンデミックが発生してから対処法を考えるようでは間に合いません。それらの全般的戦略についても検討して、はじめて総括と言えると思います。大事なことが抜けている気がします。
   



  台風と死亡率

災害は忘れた頃にやってきます。昨年8月には、まったく予想外の豪雨に襲われ、当院も浸水被害を受けました。今後、台風や豪雨による被害は増えてくると思います。台風(熱帯低気圧)によって起こる死亡率の変化が調査されました(BMJ2025;391:e084906)。 

土石流や家屋の倒壊などにともなう外傷が原因の死者はもちろん増えていますが、腎臓病による死者数も意外に多めでした。そのほか、感染症、胃腸疾患は衛生状態の悪化の影響か増加し、糖尿病による死者も増えています。    

災害に遭うと、片付けや清掃、物品の移動や廃棄、飲食物の確保や細々した連絡に忙殺され、休憩が不足し、心身にストレスが加わります。 当院の被災でも掃除や片付けで皆が体力を消耗し、私も言葉が少なくなり、職員は機嫌が悪くなってしまいました。   

腎臓病や糖尿病を持っている方の場合、内蔵への負荷は病状を悪化させるため、報告のような結果につながるのでしょう。持病のある方が被災した時、無茶をしないようにしないといけませんが、はたして心の余裕があるでしょうか?、    

災害を防ぐのは難しいとしても、普段からの持病の管理や体調に注意をはらうことによって、病状の悪化を防ぐことはできると思います。やらなければならない作業がたくさんあっても、勇気をもって休むことが必要なようです。 
 
 
      

  令和7年12月31日 up